5月号 2020.5.1啓林堂書店 https://books-keirindo.co.jp/
『十二人の手紙』(中公文庫)は、井上ひさしによる手紙形式の連作短編ミステリーである。
立場も状況も異なる手紙の差出人たち。彼らは一体どんな結末をそれぞれ迎えるのだろうか・・・?
ミステリーはネタばらしができないので、具体的なことはあまり言えないのだが、「相手の顔が見えない」「相手に手紙が届き、読まれるまでに時間差がある」など、手紙ならではの特徴が、時に読み手に緊迫感を与えたり、作中の巧妙なトリックに活用されているところが大変面白く読めた。
特に私が衝撃を受けたのは、施設に育った修道女の不幸な人生を描いた「赤い手」の章。
冒頭は「出生届」「死亡届」「洗礼証明書」などの公式の書類だけを並べて行き、公式文書に事実だけを淡々と語らせるという一風変わった手法がとられている。そして主人公の死後、一番最後に主人公となった修道女の手紙が登場するのだが、この演出が作中の悲壮感を一層引き立たせるものとなっている。この読後感は何とも言い難い。ぜひ本書を読んで体感いただきたい。
最終章の「エピローグ 人質」では、各章で展開されてきた人間ドラマが一点に集中、見事に回収されている。
各章の登場人物たちのその後がうかがえ、最後の結末にはあっと言わされてしまった。理不尽さを感じたり、納得のいかない終わりを迎えていた物語はここで本当の結末を迎える。物語はすでに「プロローグ 悪魔」から始まっていたのである。立てこもりを実行した犯人に要注目。これから本書を読まれる方は、ぜひ念頭において読み進めてみて欲しい。
なお本書の解説にて、各章のあらすじが端的にまとめられている。無意識のうちにさらっと流してしまっていた伏線などにも触れ、読者に改めて気づかせてくれる内容になっているので、忘れずチェックしておきたい。ただしネタバレは考慮していないので、こちらは純粋に本文を楽しんだ後、一番最後に読むのが吉である。
昨今は手紙をやりとりする機会もめっきり減ってしまった。人とのやりとりは電話やメールが主流だろう。
だが、アナログな手紙だからこそ生まれるドラマが、今はかえって新鮮に感じられるのではないだろうか。帯に踊っていた「どんでん返しの見本市」のキャッチコピーに偽りなし。おすすめ!
「科学の誤解大全」
【ナショナルジオグラフィック】 マット・ブラウン/著 関谷冬華/訳
本書では、ごくありふれた科学に関するさまざまな誤解について紹介している。広く知られている事実が明らかな間違いというものもあるし、以前は正しいとされていたが新たな証拠の登場によって否定されたケースもある。一定の条件下では成り立たないものや、正確とは言えないものもある。(「はじめに」より)
「万里の長城は月から肉眼で見える唯一の人工建造物だ」、この答えはノー。宇宙でたとえ中国を見つけられたとしても、とても万里の長城は見えない。「冥王星に探査機が到達し、太陽系のすべてが探査し尽くされた」、これも事実は異なる。また、冥王星が惑星から準惑星に変更された経緯も詳しく説明されている。コラム「結局、準惑星とは何なのか?」と合わせて読んでみて欲しい。答えはひとつではない。知った気になっていた科学の“誤解”が本書で読み解けるはず!
≪今月の担当≫ 奈良店 社員 加川弘一
西暦20〷年中国武漢から発症した新コロナウィルスは瞬く間に全世界へと広まった。感染者は隔離病棟に監禁され、健常者は外出禁止令の中に置かれた。電波は自由に操ることができなくなりメディアや通信手段もことごとく遮断された。その中で人々の唯一の楽しみは読書であった。もちろんリアル書店に出ることはできない。VRである。ゴーグルを掛けるだけでどんな書店にも出かけられるのである。こんな世界が近々来るかも知れないと、思うとゾッとする。
コロナ関連のニュースばかりを聞いていると気が滅入ってしまうため、最近はテレビをあまりつけず、新聞やネットなどと使い分けて自分で情報量を意識的にセーブするようにしています。
そんなときに新聞の広告で発見した「十二人の手紙」。実は随分前に購入して積読になっていた一冊。「しまった出遅れた!」と、今回少し焦ってしまいましたが、興味のある方はぜひ。
◆外商部おすすめの児童書・奈良本のご紹介◆
啓林堂書店ホームページ・外商部ページ( https://books-keirindo.co.jp/gaisyoubu/ )にて、更新中の「外商部おすすめの奈良本」「おすすめ児童書」をご紹介!
おすすめ児童書
『あまがえるのかくれんぼ』
【世界文化社】 たてのひろし/作 かわしまはるこ/絵
ちいさなあまがえるのラッタ、チモ、アルノーは今日もかくれんぼをしてあそびます。
おにのアルノーはまずチモを見つけます。
そして木のくぼみにかくれていたラッタが出てきたけど、なんかへん。
体の色がちゃいろなのです。あまがえるはみどりですよね。
なんで体の色が変わってしまったのでしょう。
あまがえるの表情や動き、まわりの草花やむしなど、すべてが美しく描かれている絵本です。
外商部おすすめの奈良本
『万葉集の起源-東アジアに息づく抒情の系譜』
【中央公論新社】 遠藤耕太郎/著
恋をしたり、愛する人を失ったりすると、私たちはその心を俳句や短歌に詠もうとする。それは千二百年前に編まれた最古の歌集『万葉集』以来、受け継がれてきた心性だ。『万葉集』では、人を恋しいと思う気持ちはどう歌われているのか。さらに時代を遡ると、それらの歌のルーツはどのようなものなのか。著者は、今も恋歌の歌垣や挽歌の伝統が残る中国少数民族にその原型を求め、日本人の抒情表現の本質を明らかにする。
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